ケンタッキーフライドチキン

From 吉永信昭(よしながのぶあき)
@大分県別府市

レッスンが終わってお腹が空いたので、何か夕食をとって家に帰ろうと思って飲食店に立ち寄りました。

「すいません。今日の営業はもう終わりです。またお越しください。」と、2〜3軒のお店から断られてしまいました。

コロナウィルス感染防止対策のために、時短営業をしているためにオーダーストップの時間が早くなっていたのです。

こうなると自分の中での選択肢は、マクドナルドにするのか、それともケンタッキーフライドチキンにするかの二択に絞られました。

「久しぶりにケンタッキーフライドチキンにするか」とKFCの看板が光るドライブスルーに車を寄せていきました。

私の地元、大分県宇佐市と中津市は全国的にもから揚げで有名な地域です。

もちろん美味しい唐揚げ専門店が多く、いつも唐揚げを食べることが多いので、ケンタッキーフライドチキンのお店があまりありません。

大分市や別府市などに行った時にしかケンタッキーのお店を見ることがないので、時々、ケンタッキーフライドチキンを食べてみたくなってしまうのです。

ケンタッキーフライドチキンにも色々なメニューがあるのですが、結局、いつもオリジナルチキンを注文してしまいます。

ケンタッキーフライドチキンに行くと、カーネルサンダースの人形が出迎えてくれます。

今でこそケンタッキーフライドチキンは世界的にも有名になっていますが、彼がケンタッキーフライドチキンの事業を始めたのは65歳になってからのことだそうです。

カーネルサンダースは若い頃から、何度も転職したり何度も挫折を経験していたそうです。

しかし、彼は挫折を全く苦にしないで、何度も立ち上がる強さを身につけていきました。

40歳過ぎに小さなレストランをオープンして味で評判となったのですが、その店舗も火災に愛挫折してしまいます。

その後、ドライバー向けのレストランで小さな成功を収めますが、新しいハイウェイができたことで客の流れが減少し、その店舗も倒産してしまいます、

65歳のカーネルサンダースに残っていたのが、ケンタッキーフライドチキンのレシピのみであったと言われています。

そこで、彼はレシピの販売を決意し、ロイヤリティを得るための売り込みを開始したそうです。

フライドチキンのレシピ販売を始めた彼は、初めの頃は誰からも相手にされず1009回も交渉した相手に断られたと言われています。

それでも諦めずに、売り込みを続けた結果、少しずつ取扱い店舗ができて、画期的なフランチャイズビジネスを成功させていったのです。

カーネルサンダースはこんな名言を残しています。

「失敗とは、再始動したり、新しいことを試したりするために与えられたチャンスだ。
私はそう信じている。」

失敗を失敗のまま終わらせるのではなく、いつも前向きに捉えて、年齢をものともせずに果敢にチャレンジすることをやめなかったカーネルサンダースにあやかりたいと思いました。

ケンタッキーフライドチキンでオリジナルチキンを食べると、
「夢に向かってチャレンジしなくちゃな」
そんな気持ちにさせてくれます。

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Author:NOBUAKI YOSHINAGA
NOBUAKIです。九州で運動教室やメンタルコーチとして活動していますす。30年間教師生活で学んだ経験や、サッカーコーチとしてたくさんの選手に関わる中で培ってきたコーチング法や目標達成の仕方などをメインに役立つ内容をお送りしたいと想います。よろしくお願いします。

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