囚われない心

From 吉永信昭(よしながのぶあき)
@福岡県春日市

「囚われない心が大事です」とよく言われます。

逆を言えは、私たちの心はいつも何かに囚われてがんじがらめになっていることが多いということです。

例えば、誰かと会ったりしたときにその人が不機嫌そうな様子を見せると「何か気に触ることでもしたのかな」とか「この人は自分のことを良く思っていないのかな」とか悩んでしまうことがあります。

メールなどの文章でのやりとりでも同じですね。

少しぶっきらぼうな文章だったりすると、「どうしたんだろう。自分のことを嫌っているのかな」とか勝手に思い込んでしまって悩んだりすることもあります。

囚われるとは、執着や不安、こだわりで心の中がいっぱいになってしまうことです。

もしかすると「囚われてはいけない」と強く思いすぎること自体が、囚われてしまっているということにもなり兼ねません。

人はいつも自分の理想を追い求めています。

うまくいっているときはいいんですけど、相手の行動や言動、そして周りの環境が自分の期待通りのものでなかったときに、心が囚われてしまいます。

「こんなはずじゃなかったのに」
「なんでわかってくれないんだろう」
「どうしてしてくれないのかな」

心が他人や周りにどんどん囚われていくことで、いつの間にが被害者になってしまって、自分の行動のエネルギーまで奪われてしまったなんてことも良くあることです。

さらに全部が自分の責任だと感じてしまって
「自分に力がないからだ」
「自分なんてどうせやってもできるわけがない」
「全部、自分のしてきた結果だからどうにもならないよ」

心が自分に囚われていくことによっても、自己肯定感が下がったり、自分のエネルギーを自分で下げてしまうことなんかも良くあることです。

責任感が強すぎる人も、「こうあるべきだ」とか「こうしなければならない」という考えが強すぎて自分を追い込んでしまうこともよくあります。

心が囚われてしまうと、悪い妄想がどんどんと膨れ上がってしまったり、今に集中できなくなってしまったりします。

それで「囚われない心が大事です」とよく言われているわけです。

それでは「囚われない心」にするためには、どうすればいいのでしょうか?

それには、色々な方法があります。

例えば、瞑想、アファメーション、アンガーマネージメントなども囚われない心にするための方法の一つです。

開き直ることも効果があります。

「なるようにしかならない。」
「人の言うことを間に受けたってしょうがない。」
「自分にできることに集中してみよう。」

などなど、自分にコントロールできないことを手放して、自分にコントロールできることだけに焦点を合わせて行動を起こしてみるのです。

人は思考する動物です。

なので、心が囚われてしまうのはある意味しょうがないことです。

でも自分の心が何かに強く囚われているなと気づけたときには、「よし手放してみよう」と極めることで幾分か心を軽くすることができます。

囚われない心にしなければいけないと思ことも、囚われる心を作ってしまう原因になるので注意が必要です。

「まぁいいや」とときには気楽に考えていい加減になってみることもいいかもしれませんよ。

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NOBUAKI YOSHINAGA

Author:NOBUAKI YOSHINAGA
NOBUAKIです。九州で運動教室やメンタルコーチとして活動していますす。30年間教師生活で学んだ経験や、サッカーコーチとしてたくさんの選手に関わる中で培ってきたコーチング法や目標達成の仕方などをメインに役立つ内容をお送りしたいと想います。よろしくお願いします。

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